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最高裁判所第三小法廷 昭和22年(れ)25号 判決 1947年11月14日

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人三浦強一提出上告趣意書第一點は、原判決によれば被告人わ他の二人の被告人と「共謀の上橋本に於て(中略)艶子等を脅迫し同人等を畏怖せしめて其の反抗を抑壓し(中略)強取したものである」と判示し被告人がこの強盗行爲を共謀した事実わ被告人に對する檢事の聽取書中の供述記載と原哲也に對する檢事の聽取書中の供述記載及び證人服部艶子の原審公廷での供述を綜合して之を認定すると説示せられた。しかるに被告人及び原哲也が被告人橋本正輝に於いて被害者に對し脅迫行爲を仕向けそのことが被告人及同原哲也に認識されたような供述わこの點についての供述が捗らないため警察署に於いて被告人が警官から定規板をもって數回毆打せられ原哲也わこれを見ておりその爲め恐怖して遂に右の供述事実が真相であるかのような供述をするに至ったのでこれを第一審公判に至るまで繼續したのであるが真実わ橋本の脅迫の事実わ両人とも知らない。したがって艶子等の反抗を抑壓してまで物品を強取する認識は存しなかったとの趣旨が原審公判に於て被告人及び同原哲也から供述せられた(原審第一回公判調書参照)。被疑者及び被告人に對する不利益なる供述の強要乃至たとえ真実の供述に至ろうと否とに拘らず強制拷問及び脅迫が檢察官に依って加へられることは悉く新憲法の嫌忌することろであり苟もその疑がある被告事件についてわそれが舊憲法時代のことであってもこの點を十分に檢案し真に自由なる意思に出たる供述のみを以て罪を論ずべきものであるとせられたことわ、憲法の條章憲法の実施に伴ふ刑事訴訟法の應急的措置に關する法律千九百四十七年四月二十三日聯合軍司令部民間情報部及び政治部のステートメントならびに同年五月十九日同民間情報教育部のステートメントに依って明々白々であり、司法改革の焦點が実にここにあることを痛感しなければならない。殊に五月十九日のステートメントに於てわ被告人と犯罪人とを同一視する不當わ「過去の日本に於てしばしば行われた」と指摘せられた(最高裁判所假譯による)。そのことわ一旦強要等によって作られた供述記載の書類が基本となって漸次に次の段階の書類がその段階に於ては特に強要等を用いないでもそれを用いたと同じやうな迫力を以って被告人に迫るやうな機構であることをも含んだ趣旨であることを疑わない。この機構機能が改められないでわ憲法以下の法の精神わ再び蹂躪せられ空文死文となるからである。「警察でわそうであっても檢事局では強要されなかったのであらう」ときめつけられるのが從前の被告人の立場であったとこを強くこゝで考量せねばならない。飜って本件に於ける原審わその公判に於て被告人がその供述の生れるに至った強要又は拷問の事実を述べ、自分わ橋本の脅迫行爲わ知らないと證言し同原哲也も亦これと同旨の供述をしたのにも拘はらず、而して被告人の自白を別にして原及び服部艶子の證言からわ如何に綜合しようともこれと反對の事実(被告人が脅迫の事実を認識したこと)わ認定することが不可能であるにも拘らず被告人に對する檢事の聽取書を引き來って判示のように之を罪證に供せられたのは被告人としての憲法上の權利を考慮せずに即ち單に被告人が檢事局では強要又は拷問を受けた事実が證明せられないという從來的な被告人の人權輕視の慣例的措置を依然として踏襲せられたものであり、且つ又公判に表われた被告人の供述わ之を無視して檢察官の捜査書類に依據し以て公判中心主義を輕視せられたことに歸するものであって畢竟原審の前掲認定わ被告人については脅迫手段の部分の認識を缺くの故を以て刑法第三十八條第二項に依り單に窃盗の罪の成立丈けであるにも拘らず巧なるテクニックを用いて常習的に一般の被告人の權利をあやめて來た過去の司法の過誤を相もかはらず繰返したものであると謂はねばならない。去れば原判決は採證の法則に違反して斷罪を行われたことゝなり到底破毀を免れることは出來ない。或わ被告人が強要若くわ拷問せられた事実わ證明せられてゐないとし、又わ少くとも原審採證の檢事の聽取書の違法でないとし原審の自由心證の範圍に屬することゝして前掲原審の認定わ瑕疵がないとてこの申立を斥くべしとの議論があるかも知れないがそれわ畢竟争われない過去の警察の過誤を助長し司法改革を阻害するものであって、かくて憲法の精神わ遂に実現せられる機會を失はせるものであることを申上げておく。と云ひ

辯護人金武和男提出上告趣意書は、第一點原審公判々決ハ法ノ適用ヲ誤リタルモノニシテ之ヲ破毀セラルベキモノナリ(理由)原審判示ニ依レバ上告人ハ昭和二十一年十二月八日午前零時三原市川西町服部清方へ強盗住居侵入被告事件トシテ刑法第六十條同第百三十條同法第二百三十六條第一項ニ該當シ住居侵入ノ點ハ強盗ノ手段タル關係ニアルノデ同法第五十四條第一項後段第十條ニ依リ重キ強盗ノ刑ニ從ヒ被告人ニ對シテハ犯情ヲ憫諒シ同法第六十條第七十一條同法第六十八條第三號ヲ適用シ云々トアルモ本犯罪ハ刑法第二百三十五條ヲ適用シ窃盗罪ヲ以テ處斷スベキデアル其ノ理由左ノ如シ

(1)判示ノ如ク服部方ヘ盗ミニ入ッタガ三人デ階下六疊間ニ上リ自分即チ上告人ト小林ノ二人デ其ノ箪笥ヲ開ケテ居タ處女ノ聲ガシタノデ自分ト原ハ其ノ場ニ伏セタ小林ハ直グニ女ノ方ヘ迫ッテ行キ云々ト有リ

(2)證人服部艶子ノ證言ニ依レバ階段ノ途中迄降リルト階下奥ノ間ニ一人ノ男ガ四這ニナッテ居ルノデ驚イテ二階ニ引返シタ云々ト有リ

之レ等判示及證人ノ證言ヲ援用シタル處上告人ハ最初ヨリ強盗ノ意思ガナイ事ハ勿論デアル又居直リ強盗ヲスル意思ノナイコトモ明ラカデアル、若シ居直リ強盗ヲスル意思ガアレバ最初艶子ガ目ヲ覺シタ時ニ伏セタリ又四這ニナル必要ハナイ、例ヘ小林ガ階段ノ途中デ被害者ヲ脅シタル行爲ハ小林單獨ノ行爲デアッテ上告人ガ之ニ加擔シタモノデナク又之等意思ノ連絡モナク実行行爲ヲ分擔シタモノデモナイ、從ッテ上告人ハ原審ニ於テ左ノ如ク供述シテ居ル

註一、記録第三百十五丁表 衣類ヲ盗ンダ事ニ間違ヒアリマセン、相手ヲ脅シタ様ナ事ハアリマセン、私トシテハ脅シタ事ハアリマセン、橋本ガ脅シタカハ知リマセン。

註二、記録第三百二十五丁表 橋本ガ二階ノ方ヘ向ッテ行ッタ事ハ知ッテ居ルガ脅シタカドウカワ知リマセン。

註三、記録第三百四十九丁裏 證人ガ只今言ッタ様ナトコハ全然知リマセン

(3)本件犯罪事実 被告人等窃盗ノ目的デ三人ガ他人ノ住居ニ侵入シ家人ニ目ヲ覺サレ他ノ一人ガ家人ノ寝室ノ方ヘ行キ脅迫シ居リ他ノ二人ハ之ヲ知ラズニ別室デ窃盗ヲ爲シ各別ニ持チ去リタル事実ハ前者ハ強盗罪デアル、後者ハ窃盗罪デアル

判例ニ曰ク三人窃盗ノ目的ヲ以テ住居ニ侵入シタルモ他ノ一人ガ強盗ヲ爲シタルト雖モ之ニ加擔セズ強盗行爲ヲ分擔セズ且ツ意思ノ連絡ガナク又犯意ガナイ時ハ住居侵入罪デアル

以上ノ如ク上告人ガ原審ニ於テノ供述及判示ノ一部ヲ援用シ且ツ犯罪事実ヲ綜合シテ窃盗罪ヲ以テ處斷スベキモノナリ

第二點本犯罪ハ強盗罪トスル何等法律上ノ理由ナク從ッテ憲法違反トシテ之ヲ破毀セラルベキモノナリ、(理由)(1)原審ニ於ケル證人ノ證言及上告人ノ供述等ヲ參酌スルニ單ナル自白ノミニ止マリ何等物的證據ナク殊ニ上告人ハ総テ強盗ノ點ヲ否認シ只窃盗ノ點ヲ認メテ居ルニ過ギズ(2)原審ニ於テ沒收サレタル懐中電灯ハ上告人ガ強盗ノ犯罪ノ用ニ供シタモノニ在ラズ只橋本ガ階段デピストルノ如ク装イタルモノニシテ之又上告人ノ關知セザル處ナリ

以上ノ事実ヨリ推定シ本犯罪ヲ強盗罪ト爲ス物的證據ナキモノナリ依ッテ原審判決ハ本趣意書第一點第二點ノ理由ニ依リ破毀セラルベキモノナリ。と云ふのである。

然かし本件に於て被告人が公判で訊問せられ供述をした事は記録により明であって、被告人の供述を録取した檢事の聽取書と雖右の如く供述者たる被告人が公判で供述をした事実がある以上聽取書の記載を證據として採り得る事は日本国憲法の施行に伴ふ刑事訴訟法の應急的措置に關する法律第十二條の趣旨から見ても疑の無い處である。右條文は直接被告人の供述を録取した聽取書の事を規定した條文ではないが一般的に聽取書を證據として採り得る事を前提とし(聽取書も訴訟資料の一つであるから特に之れを採る事を禁ずる規定がない限り證據として採り得る事勿論である)只被告人以外の者の供述を録取したものに於ては其供述者を訊問する機會を被告人に與へなければいけないと云ふ條件をつけたのである、條文に「被告人を除く」とあるは被告人は當然公判に於て供述する機會を與へられて居るから被告人の供述を記載した聽取書に付ては特に右の様な條件を規定する必要が無いからであって之れを證據とする事を許さぬ意味でない事は勿論である。そして右聽取書の内容と公判に於ける供述の内容とが異る場合に於て其いづれを採るべきかは裁判所が他の證據、諸般の事情其他一切の資料を参酌して決すべき自由採證の範圍に屬するものと云はなければならぬ。蓋被告人が檢事の調の時には正直に真実を述べてしまったが後で考へて見て自己に不利益と思はれる供述を變改すると云ふ様な事は無論有り得べき事で從って裁判所は必ず公判に於ける供述のみを信じなければならないと云ふ法則は成り立ち得ないからである。因より聽取書が論旨に云ふ様な不當の壓力の下に成立したものであるならば之れを採ってはならないが、本件の聽取書に付ては右の如き事実を認むるに足る資料は存在しない。然らば前説示の如く法が檢事の聽取書を證據に取ることを認めて居る以上原審が所論聽取書を一つの資料として事実の認定をした事を違法なりとする事は到底出來ないのみならず之れによって憲法の精神が沒却せられるものとも考へられない。而して原審は被告人に對する檢事の聽取書のみならず證人服部艶子の原審公判に於ける供述相被告人原哲也に對する檢事の聽取書等を綜合して事実の認定をしたのであるから自白が唯一の證據だと云ふ論旨は當らないしこれ等を綜合すれば原判示の事実を認め得るものであるから原判決に採證法則違反其他所論の如き違法ありとなす事は出來ない。故に論旨は理由がない。

辯護人三浦強一提出上告趣意書第二點は原判決わ押収の懐中電灯わ之を沒收すると宣言しその理由として「懐中電灯二個わ右犯罪行爲に供したもので犯人以外の者に屬しないから同法(刑法第十九條)に則り之を沒收すること」とする旨を説示せられた。しかるに判示懐中電灯わ被告人橋本正輝が携てゐたことわ證據上之を認めることが出來るとしても其の所有權が彼に屬し他人の所有でなかったことわ原判決の説示を以てしてわ之を認めることわ不可能である。しからば附加刑である沒收について證據に基かずして沒收の刑を被告人に言渡されたことになりこの點に於いても原判決わ破毀を免れないと思料すると云ふのである。

然かし記録を精査しても所論沒收物件が犯人以外の者に屬するのではないかとの疑を起させる様な事情も證據も全然見當らない、かくの如く特別の事情も反證も存在しない限り原判示の様な事実が認定出來る場合に於ては一應犯人以外の者に屬しないものと認めて沒收をするのは相當だから原判決に所論の様な違法はなく論旨は採用出來ない。

以上は當小法廷裁判官全員異論の無い處である。

なお上告趣意書には「憲法違反」云々「憲法の精神」云々等の字句が有るけれ共趣意書全體の趣旨から見て真に違憲を主張するものとは思へないし當公廷に於て辯護人金武和男は敢て違憲を主張するのではなく單に違法の判決なる事を主張するものである旨釋明して居るから大法廷によらず當小法廷で審理判斷をした。

仍て刑事訴訟法第四百四十六條により主文の通り判決する

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上登 裁判官 庄野理一 裁判官 島 保 裁判官 河村又介)

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